階段下のがらくた部屋

ハリー・ポッターの感想・考察から日々の雑事まで。だったのが色々あって将棋とか。

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物理なんてさっぱりですよ。  

『シャンバラを征く者』DVDの感想で
「アインシュタインも確か戦後日本を訪れてたと思うし 」と書いた後
本棚にあった『アインシュタイン博物館』という本を見てみました。
もちろん私の本じゃないですよ(笑)

彼と関わった人たちとのエピソードなどを中心に
アインシュタインの生涯を追った本なので、
写真資料も多く、とっつきやすい内容です。

それとは別に『神は老獪にして…』というアインシュタインの伝記本もあるのですが
こちらは1ページめくるだけで私の脳が臨界点に達します(爆)
(多分、買った本人もほとんど読んでないんじゃないかと…(^^;)

で、アインシュタインの来日はというと、戦前でした。
戦後というのは勘違い(^^;ゞ
1922年11月27日…『シャンバラ』のちょうど1年前ですね!
ミュンヘン一揆は1923年11月
ちなみにノーベル賞受賞を知ったのは、日本へ向かう船の中だったそうです。
てことは、ん~。
TV『鋼』の最後で「あいつは胡散臭い」って言ってたエドも、
『シャンバラ』の頃にはその評価が変わっていてもいいような…。

1ヶ月半の日本滞在の感想は
「日本人は公平に西洋の知的業績を賞賛し、成功と偉大な理想主義を持って科学に取り組んでいる。けれども西洋よりも優れた偉大な価値観――生活の芸術――を保持することを日本人は忘れないで欲しい」(引用元:日本回想録)

「旅行は素晴らしいです。私は日本と日本人に魅せられました。」(引用元:ボーアへの私信)
だそうです。

で、この本をパラパラ見ていたら、おお。
彼の次男の名前はエドワード!(笑)(つづりはEduardドイツ読みだと多分エドヴァルド?)
持病のためスイスから出られなかったエドワードとは、
米国に亡命して以来ほとんど会えなかった…っぽいです(不確か)。

でもアインシュタインって、
ルーズベルトに原子爆弾の開発を提言する書簡に署名した※だけで
開発にはまったく携わってなかったんですね。へー。
(※ナチスによる原子爆弾の開発・成功を恐れたため)

うーん、色々妄想が膨らみますなぁ。
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