階段下のがらくた部屋

ハリー・ポッターの感想・考察から日々の雑事まで。だったのが色々あって将棋とか。

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島研トークショー<前編>  

スペシャルトークショー 絆―次世代に伝える将棋の心―に参加してきました!
島研ディナーショー!!(違います)

以下記憶と多少のメモを元にレポートを記します。
参加されなかった方にも場の雰囲気を味わっていただければ幸いです。

ただ、あくまで”こういう旨の発言があった”という感じで書いてますので、詳細な表現などは実際と違っているはずですし間違っている箇所も大いにあると思います。
その点あらかじめご了承ください。
あと、文章が冗長になりがちな私としても、とてつもなーーーーく長文になってしまいましたので
ええと、お時間のあるときに…ゆっくりと、どうぞ…(^-^;;

※島研とは
1980年代後半ごろ、当時若手だった島明九段がのちに棋界のトップを担う中心人物となる羽生善治二冠森内俊之名人佐藤康光王将がプロ入りする前後から声をかけて始まった、伝説的な研究会(肩書きは現在のもの)


■会場着。

ロイヤルパークホテル3階の会場前ロビーには、
本日の主役御四方の略歴と共に成長過程の写真が印刷されたタペストリーが…!!!
羽生二冠は有名な”赤ヘル”写真もあり、素朴な少年時代の活躍~奨励会~七冠~をたどった写真が。
赤ん坊の森内名人が、かわいすぎます…!!
佐藤王将は幼いころから気品が漂ってました…
島九段はなぜか略歴のみでした。残念。

shimaken01.jpg

shimaken02.jpg

shimaken03.jpg

書籍や、主に子供向けの将棋グッズ(将棋かるたなど)の販売コーナーと、
会場受付で渡されたアンケートを書く場所が設けられていて
皆さん熱心に質問したいことなど書かれてました。
(結局採用されたのはほとんど子供からの質問のみ。イベントの趣旨を考えれば当然ですね(^^;)
トークショーと食事会場は部屋が分かれていて、手前の広ーい部屋にブッフェが用意されていました。

■お食事

shimaken04.jpg

イベント司会者につづいて、せっかくなのでブッフェマナーを、ということで
元在英国日本大使館チーフバトラー(だったかな)という方が登場。
執事の中の執事…!!!

私も恥ずかしながらこういう場には慣れていないので、せっかくのいい機会。
真剣に傾聴していましたが、案外軽い感じでした。

要点は

・お皿に山盛りにしない
・食事は基本的に自分が食べるもののみ取る(食事を取ってくるのが困難な方の場合は別)
・食器は常に新しいものを使う
・食事や飲み物、入口など人が集まるところには留まらないようにし、その場で食べ始めたりしない
・必要な分だけ取り、食べ残し・飲み残しは極力出さないように心掛ける

とのこと。

食事を終えたのでトイレへ行ったところ、トイレ脇に登壇者控室がありましたっ
扉の前にホテルスタッフが常に立っており、とても近づけませんが(^^;;

トークショーの会場に入るまでの間、ロビーでは食事を終えた子供たちを相手に高橋和女流三段が将棋かるたを手ほどきされてました。

shimaken05.jpg

■トークショー会場に着席
shimaken06.jpg

席は画像のような感じで、ステージに対して扇状に配置。
中央ブロックはお子さん連れの参加者が主なようで、私はステージ向かって左側の2列目という好位置(^^)
すぐ前の1列目はプレス席だったようです。
各席にはそれぞれ各協賛団体からの提供品などが入った袋が置かれていました。

shimaken07.jpg

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■出演者登壇
わーわー!待ってましたっっ!!!(≧∀≦)
羽生二冠は先日の京急将棋まつりで拝見しましたが、なんというか、
この御四方がそろっての登場って…!!!
全将棋ファン垂涎の光景ではなかったでしょうか。
将棋ファン歴半年に満たない自分なんかがこの場にいてスミマセンという感じでしたが…
いやなんていうかもう、とにかくすごい光景です。

伝説の「島研」であるということももちろんですが、
棋界7タイトルのうち4タイトルの現保持者が集まっているわけですしね…!
(※名人:森内、王位・棋聖:羽生、王将:佐藤)

席の並びは左から司会者、羽生二冠、森内名人、佐藤王将、島九段。
司会者と羽生二冠の間、森内名人と佐藤王将の間にはそれぞれ少し間がありました。
登壇者の背後には大きなスクリーンがあって今回のイベントの題字が大きく映し出されており、
スクリーンの両脇には島研御四方の大きなタペストリーが飾られていました。

ちなみに羽生二冠は髪を(自然な感じに)セットされてましたので、寝グセはありません(笑)



■略歴紹介
各紹介にあわせて登壇者の背後にある大きなスクリーンの映像が変わるのを
羽生二冠と森内名人がくるくるっと振り返って気にされてるのが、…ええとその…、とてもかわいらしかったです(笑)
特に羽生二冠は映像が切り替わるたびに、くりくりと振り返って見てらっしゃいました(^^)

以下、司会者→司、島九段→島、羽生二冠→羽、森内名人→森、佐藤王将→佐 にてお送りします。

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■「島研」というネーミング

島:「島研」と呼ばれてますけど、「島研」という名称は私たちは使ったことがないんですよ。
自分が彼らに影響をあたえたとかいうわけではなくてですね、
私が年長だったからか、のちにそう呼ばれるようになった、という感じで。
佐藤さん森内さんは将棋の実力もさることながら、人格がすばらしくて、私の方から研究会に誘いました。

佐:私は手帳に「島研」と書いてました(笑)

司:ということは佐藤さんが名付け親?

佐:いや、というよりも、島さんは棋士で、私と森内さんは修行中の身なので、島さんの名前が冠されるのは当然の流れだったかと思います。

森:私も手帳に書いてました(笑)

羽:私も書いてました(笑)



■島研立ち上げ秘話

島:当時24歳ころで将棋に行き詰っていたところで、佐藤さん森内さんと出会い、研究会をしませんか?と声をかけました

司:どういう経緯で研究会に誘われましたか?

森:ある日島さんから電話をいただきまして、まだ修行中の奨励会員の自分になぜ声をかけていただけたのかなと、わかりませんでした。
でももちろん断る理由もないので、喜んで参加させていただきました。

佐:私も森内さんと同様でした。こちらはまだ修行中の身でしたし。島さんは当時六段だったかと思いますが、若手でバリバリ勝たれていて勝率もすごくて、自分は環境に恵まれたと思います。喜んでお受けしました。

司:研究会の場所はこちらですね?(バックスクリーンに新宿のマンションの写真)
初日は緊張なさって、駅からマンションまで無言で歩かれたということですが…

森:まあ…年代も離れてますし、共通の話題といっても将棋の話しかありませんから(笑)



■研究会の流れ

司:研究会の一日の流れはどのように?

島:彼らはまだ学生でしたから週末の、私が朝方なのもあって9時とか10時に集まって、一人が記録係をして2~3局将棋を指しました。
で、お昼を食べて将棋を指して、午後は明るいうちに解散、という流れでした。
明るいうちに解散してたよね?

佐・森:そうですね。

島:緊張感を保った関係でありたかったので、夜までいるとダラダラしてしまいますし。緊張感がなくなるようだったらその時点で研究会も解散、と最初に決めていました。



■羽生さん参加

羽:はい、私は世田谷のマンションにうかがいました。
非常に懐かしいですね。
森内さんたちが研究会をされているということは参加前には知らなくて、
研究会一緒にどうですか、という話をいただいた時に初めて知りました。
やはり私もなんで自分に声をかけていただいたのかな、と不思議でしたが
もちろん大変ありがたい話なので喜んで参加しました。


私は将棋が強い話題の棋士っていうのには興味がなくてですね、当時まだ羽生さんとも交流がなかったんですけれども、
佐藤さん森内さんが同年代のライバル、羽生さんとやりたいという気持ちが強かったんですね。
羽生さんと話してみたら、素晴らしい方で、やっぱり森内さん佐藤さんとずっと一緒に戦って行く相手なんだな、と感じました。

羽生さんが加わって一番変わったのは、森内佐藤さんの意識じゃないでしょうか。
緊張感が増したといいますか、やはり同年代で、これから何十年も戦っていく相手なわけですから、
会話などでもうかつなことは言えないという感じで。
私は年が皆さんより上ですから、それを俯瞰して見られる立場でした。



■島研伝説

「島研伝説」と題して、テーマごとに質問をして3人がホワイトボードに答えを書いて、島さんが答えるという形式に。

①1日のうち2回食事は一緒にしない

羽:約束したかどうか覚えてませんけど(笑)
そうですね、でも、おやつはあったような(笑)

島:マンション一階にケーキ屋があったんですよね

Q:このルールの趣旨は?

羽:「健康的な研究会」
(文字が小さいうえ斜めに書かれていて読めないので、会場から笑い)
健康的な研究会という方針なのかな、と。

森:「キンチョウ感を持続するため」
一日2階食事をしないというのと同様、なれ合いを防ぐためかなと

佐:「規律正しい生活をするため」
別に夜一緒に食べるのが規律正しくないというわけではないですけど、夜食べてからだと遅くなりますし

島:皆さん正解です。
当時棋士は夜型の方が強いという風潮だったんですが
羽生さん森内さん佐藤さんらが出てきて将棋も変わってきてですね、
序盤から緻密になってきたんですね。
なので午前中早くからやろうと。
あと、一番はアルコールを入れないということで、
将棋は個人の世界で、お互い戦っている相手なので、
あまり個人的なことを話しすぎず、
馴れ合いにならないよう、この三名の品の良さなどを損ねないようにも、
適度な距離を保った関係が望ましいと。



■序盤研究について

島:ところでひとつ気になってるんですが、
序盤の研究はほとんどやっていなくて、終盤の研究しか記憶にないんですが…
どうでしたっけ?

佐:私もあまり覚えていませんが…
現代ほど序盤を細かく研究する時代でもなかったので
序盤の研究というより中盤終盤の力をつけるという方針で研究していた気がします

森:ひとつ印象に残ってることとして
当時、中原名人米長九段(※現日本将棋連盟会長)が挑戦される名人戦がありまして、
米長先生が研究会に顔を出されて一緒に研究したことがあったんですが
その時の佐藤さんの研究がそのまま名人戦で出て、米長先生が勝たれて驚いたことがありました。

羽:たしか最近の公式戦の棋譜を並べていて、米長先生がいらしたときも佐藤さんの棋譜を並べているところで、
こうしたらいいんじゃないかと言っていたのが、そのあとの名人戦で本当にその局面になったので、
こんなことがあるのか、と思いました。
実は自分が解説で行っていて、これは言ってもいいものかと…(笑)
放送で言うわけにはいかないなあ、と(笑)

島:中原先生が私の兄弟子でして、米長先生が名人を獲られたあと
”米長先生が島研で研究に参加して名人を獲られた”と雑誌で書かれて
中原先生にすごくにらまれまして(笑)
そのあと人間関係が難しくなりました(笑)

今と違って研究がそのまま公式戦で出るなんて思いもしなかった時代ですし、
それに研究会では序盤の研究というよりも、基礎体力といいますか
今の若手と一番違うのは、羽生さん佐藤さん森内さんは、終盤の基礎体力というか、とにかく自分の頭で必死に考えていたという。

あと、wikipediaにパソコンを使って旧世代を打破したというように書かれてるそうなんですが、これは全然違います。
4人でパソコンを使ったということは一度もありません。
ひたすらアナログで、考えて考えて…
パソコンというのはあくまで後から出てきたもので。

佐:名人戦の話なんですけど私の研究がそのまま出て勝たれたってことなんですけど、
けっしてそれで米長先生が勝たれたというわけではなくてですね
そのあと中原先生が端を突かれたのを米長先生が大長考の末に受けられまして、
私には受ける発想はありませんでしたから、けっして私の研究で米長先生が勝たれた、というわけではないんです。

(けっこう蒸し返す感じで皆さんフォローされてました…(笑))



■唯一の夕食

司:1日に2回食事をしないというルールでも例外が一度だけあったと、島さんから伺いました。

将棋の後ゲームが盛り上がってしまって夕食の時間になったため
一度だけ夕食を食べたことがあったが、島さんが昼と同じメニューを注文することになったそうですが、
そのメニューは覚えてますか?
島さんは、羽生さんは覚えてらっしゃるのではないかということですが。

島:佐藤さん森内さんはイヤイヤながらも暗黙の了解でしたが、
羽生さんは「胃にもたれる」とやんわり拒否されたような気がします。
でも結局昼と同じものを食べました。

司:覚えてますか?

羽:たぶん…ソースかつ丼だと思います

(1日に2回ソースかつ丼は重い!!(笑))

島:さすが、正解です

羽:キャベツの千切りがたっぷりのっていて、島先生のお気に入りだったという記憶があります。
いや、1日に2回食べたかどうかは覚えてなかったんですけど、
「胃にもたれる」ということだったんで、たぶんそうかなと(笑)



■棋士の身だしなみ

②島さんのファッション指南

司:初めて島研の皆さんでお買い物に出かけた時、
事前に島さんが三名のお母さまにお金を持たせるようお願いをして出かけることになったそうですが
その時の金額を覚えてますか?
当時お三方は10代ですが…

羽:「10万円」
(会場どよめき)
こんな感じのものを買った…という記憶はあるんですが、予算がどうだったかというのは…
ただ、私が1回も行ったこともないような高級なお店だったので、このくらいかなあ、と

森:「10万円」
自信がありませんが…。
ただ高級店だったと思いますし、島さんが連れて行ってくださったお店なので。

佐:「15万円」
表参道のイブ・サンローランじゃなかったかと。
でもイブ・サンローランってメンズじゃありませんね。違いましたね(笑)

服装がなっとらんということで島先生に何度か連れて行っていただきました。
将棋以外にまったく関心がなかったもので。

島:ええ、表参道は正解で、10万円でしたかね。
10代にしては確かに高額ですが、ただあの、背景が違いまして。
彼らは将棋界を代表する人間になっていく人たちなので、棋界のトップというのは外の世界の人と接する機会が多いので
若いころからそういった身だしなみなどを身につけておくべきだろう、ということで。

でもよくお母さんたちが私を信頼してくれたなあと思います(笑)
いきなり明日お金を持って来てくださいって言われたらびっくりしますよね(笑)


(島先生の慧眼の素晴らしさは言うまでもありませんが、10代の若者とはいえ彼らはすでにプロで自分で稼いでらっしゃったわけで、正式な場に出るための服装として10万円用意して買い物に出かける、というのはけっして高額すぎるということはないと思います)

司:どんなものを買われたか覚えてますか?

羽:ジャケットとネクタイとシャツと…。
ひととおりご指導いただいたような気がします。
まあ10代の頃に一人でそういった店に行くことはあり得ないことでしたので、得難い経験でした。

森:私は慎重なほうなのでそのとき買ったかどうかは覚えてないんですけど(笑)
私も佐藤さんと同様将棋以外に興味がありませんでしたので、勉強になりました。

佐:ご指導いただいても洋服の言葉ががわからなくてですね。
今なら「ボタンダウン」って言われてわかりますけど、当時は「あ、そうですね…」という感じで(笑)
ただまあ、普段行動するうえでそういうことを気をつけるべきなんだなとは思いましたし、
一プロ棋士として、まだ10代ではありましたが社会人でもありますので、そういった振る舞いが求められるのかな、と。

(島研のファッション講座についてはこちらでも)



■プロ間の評価

③島研時代島さんは3人のことを方々でほめまくっていた

島:私は素直に感想を言うほうですので。
ただ彼らが四・五段の頃、A級棋士に向かって「彼らはA級でも半分以上勝ちますよ」と言ってしまって
それはさすがににらまれました(笑)

司:島さんが褒めてらっしゃったのはご存知でしたか?

羽:島先生は文章を書かれるので、
そういったものを読むと高く評価していただいているなあ、というのは思っていました。

森:そうですね。記事などを通して伝聞で耳に入ったりしてました。
そういう風に言っていただけると、棋士は周りからの評価が非常に重要ですので
その後の対局で勝ちやすくなりますし。

佐:自信につながるということもありましたし、
ただ、反面その分精進していかないとダメなんだよということなのかな、と。

島:これは最近気づいたんですけど、プロってプロから褒められると嬉しいものなんですよね。
それが自信になったということもあるのかもしれません。
あと、この3人の才能が余計なことに煩わされずに伸びていって欲しいなあという思いはありました。



■若手とタイトル

司:研究会立ち上げの当時、将棋に迷いがあったとのことですが
その後タイトルを獲られたというのも3人に触発された部分があるのでしょうか?

島:この世界は年齢というのは関係なくて、若手から見習うべきことがあるし、
逆に若手がベテランから見習うべきこともあります。
ただ私がとったことで羽生さん森内さん佐藤さんにとって
タイトルが身近に感じられるようになったということはあったかもしれませんね。

羽:島さんが獲られた第一期竜王戦では決勝トーナメントで当たってるんですが
その後島さんが勝ちすすめられて、タイトルを獲られて、
先輩の強さというのを実感しました。

森:お世話になっている先輩がタイトルを獲られて嬉しい気持ちはありましたし、
自分たちも続きたいな、とは思いました。

佐:島先生がタイトルを獲られて、竜王戦は新しく創設された棋戦でしたし、
和服ではなくスーツで戦うなど、新しい時代が来たんだな、と感じました。
でもすぐに自分も続くとかいうような意識はありませんでした。

(多分この場にいるほとんどの人が、第二期竜王が羽生さんであることを知ってて、
このあたり微妙な内容だと感じてたんじゃないでしょうか…(^^;;
内心ちょっとどきどきしてました…(^_^;;)

(※羽生さんが初めてタイトルに挑戦・獲得したのが島明竜王から奪取した第二期竜王戦。羽生新竜王は当時19歳。先日のタイトル81期獲得のインタビューの折にこの初タイトル戦が一番印象深いと答えてらっしゃいます。)



■陰口?

司:ところで3人で「島さんってこうだよねー」など話したりすることはあったんでしょうか?

羽:残念ながら二十数年間そういう陰口は一度もなかったかと思いますが…(笑)

森:こちらが無茶してご迷惑かけるほうだったので、頭が上がらない存在です(笑)

島:いや、模範生でしたよ。
私はどちらかというとあっさりした人間関係を好むほうなので。
皆さん私のことを立ててくださいますけど、自分が彼らに影響を与えるという意識はなくて、
皆さんの新しい将棋に出会えたことが自分にとってプラスになったと思います。



■島研解散

島:羽生さんは言いにくいと思いますから私が言いますが
羽生さんが第二期竜王戦で竜王を獲られて、彼をはじめとして森内さん佐藤さんも新人王戦などで活躍されて
公式戦の場で当たる機会が多くなってきたということもあり、彼らからは言いづらいでしょうから私のほうから。
最後はきれいに終わろうということで。
でも最後旅行に行ったんですよ。

佐:ええ、旅行しました。

森:ええ、伊豆のほうだったと思います。
男四人で特にやることもないのでゲームばっかりしてました(笑)

羽:たしか結構高級な旅館でした。

島:ビールも飲まなかったような。
私が飲まないので、みんなが飲みだすこともなく。
何しに行ったんでしょう(笑)

羽:仲居さんに怪訝な顔で見られたような記憶があります(笑)

(この解散旅行についてはここでも書かれてますね。20代の男4人で旅館に泊まって一滴もお酒を飲まずにひたすらトランプって!!!(笑)信じられない(笑))

司:今後島研のこのメンバーで飲みに行く機会はあると思われますか?
ホワイトボードに○×でお答えください。

羽:「たぶん×」
×の方が可能性が高いのかな、と。
うーん、そういう光景が想像できない、というのに尽きます(笑)
(書く様子を見ていたところ、”×”と書いた後に”たぶん”を書き加えてらっしゃいました(笑))

森:「×」
大勢でということはあると思うんですけど…
私も想像ができないです(笑)

佐:「×」
タイトル戦とかで他の方たちもいて、その中にこのメンバーがいるってことはあるでしょうけど
このメンバーだけでとなると…想像がつかないですね(笑)

島:「ないです」
まずないです(笑)
飲みに行くというのがそもそも研究会の最初に決めた趣旨に反しますし、
3人のライバル関係というのは今後も続いていきますので、
3人の美しい関係を崩したくないので、絶対に、ないです(笑)

(断言!(笑)
でも始まった時からなんとなく感じていましたが、和やかでありつついい緊張感が保たれている雰囲気があるんですよね。
本当に、慣れ合っていないというか。親しい間柄にも勝負師としての立場を常に意識しているというか)

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あまりに長いので、後編に続く!!(^^;;
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